第1条

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 事務所の鍵を閉めて赤錆びた階段を下り、人影疎らな昼間の道を歩く。  暖かな日差しの中、数匹のモンシロチョウが元気に舞う麗らかな正午。  この時間だと、犬を連れて散歩する老婦人や子連れの親子と数人すれ違うくらいだ。  夕方以降はこの道もサラリーマンや学生でごった返すため、このくらいが丁度いい。  行きつけの定食屋は、事務所から歩いて約20分のところにある。  日替わり定食が美味しいと評判で、和食洋食中華と幅広いメニューが出されるので毎日行っても飽きない。  しかも300円、ご飯おかわり無料。  その辺の社員食堂より遥かにコスパが良い。  週に数回は昼食か夕食をそこで済ませているため、店長のおじさんとは顔見知りだ。  温厚で親しみやすい中年のおじさんで、以前は三ツ星レストランを営んでいたらしいが、紆余曲折あって今の定食屋に落ち着いたという。  もっと客足があってもよいと思うのだが、あまり繁盛はしていないらしい。  なんせ近くに、大規模な拘置所があるからだ。  拘置所というのは、平たく言えば未決囚や死刑確定者を収容する法務省の施設等機関である。    犯罪者が収容されている拘置所の周辺は、住民も気味悪がって避ける。   駅や住宅街からその定食屋に行くためには、どうしても拘置所の前を通り抜けなくてはならない。    こんな立地だから繁盛しないんだよ、なんて店主と語ったこともあったが、代々受け継いだこの土地を手放すつもりはないらしい。  本人がそれでいいならいいし、俺も拘置所を気味悪がって避けるような玉じゃないから、これまで通り利用するだけだ。  そんなことを思いながら歩いていると、いつの間にか定食屋の目の前に到着していた。
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