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青い暖簾をくぐって昭和感漂う引き戸を開くと、香ばしい焼き魚の香りが鼻腔をくすぐった。
どうやら今日のメニューは焼き魚らしい。
「こんちはー」
「おっ、金刺の兄ちゃんじゃねーか!」
厨房からカウンターからひょっこり顔を出した中年男性は、例の店主、銅島龍太郎だ。
パリッと糊の利いた白い作務衣に和帽子という典型的な板前スタイルが様になっている。
お昼時だというのに客足は乏しくガランとしていて、俺以外の客はいなかった。
混雑しないに越したことはないが、閑古鳥でも泣き出しそうとなるとさすがに寂しい。
勝手知ったるカウンターに腰掛けると、キンキンに冷えたグラスがコトリと静かに置かれた。
「今日のメニューは魚?」
「よく分かったな! ちょうど威勢のいい鮎が入ったんだよ」
「確か今が旬だよな。6~8月にかけてだっけ?」
「おっ、よく知ってんなぁ」
今日のメニューを訊くなんて、まるで実の親子のような会話じゃないか、と思わず顔がほころぶ。
俺の一方的な思い込みだけど、それでもよかった。
実の父親とは──こんな他愛もない会話を交わしたことがなかったから。
「今日も日替わり定食か?」
「あたぼうよ」
「相変わらずそればっかだなぁ」
「日替わりだからな、毎日注文しても飽きないよ」
なんとなく目の前の水を数回飲んで喉を潤し、落ち着きなく辺りを見回す。
話し相手になってくれそうな銅島さんは厨房の奥の方へと消えてしまったし、スマホの充電は2%だし、まぁ要するに暇だった。
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