薄墨慕情

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薄墨慕情

   ーーあの歩道橋、最近出るのよ。  バイト中、そんな声が聞こえてきた。話しているのはパントリーで料理を待つ、ウェイトレスの女の子。  “ 出る ”というのは、お約束通り幽霊の事。  厨房にいる俺に聞こえるくらいだから、まぁまあ大きなおしゃべりだ。  続けて聞こえたのは、幽霊が出始めたきっかけとなった事件の話。  3ヶ月前  すぐ近くの交差点  歩道橋からの転落事故  深夜の時間  自殺かもしれない  他殺かもしれない  内容は深刻そうだけど、たくさんの情報をペラペラと話す声は楽しげでもある。  その話を、俺は厨房でチキンソテーの付け合わせを盛り付けながら聞いていた。  出る時刻は深夜  日付が変わる前  出る時は、決まって…… 「おい! いつまでくだらねえ話してんだよ! 8番のプレートさっさと持ってけ!」  厨房の久住さんの一声で、ホール係は一瞬で散った。  客にまで届くような声で怒鳴るのはどうかと思うけど、くだらないってのは同感だ。  バイトが終わったら、ここで働いてるほとんどがあの交差点を通るのに、彼女たちはよくも平気で話せるものだ。彼女たちの図太さに呆れ半分になりながらも、立て続けに入るオーダーのおかげで、俺がタイムカードを押す頃には、すっかりその話題を忘れていた。  
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