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それからは二人とも至って普通だった。
俺の記憶も薄れて来た頃、それは突然訪れた。
「どうして何も聞かないの」
放課後の教室、突然投げかけられた質問に頭が混乱する。
不意に一ヶ月前のあの朝の光景が頭をよぎった。
彼女は日誌を書いていた手を止めて、まっすぐ俺を見て繰り返した。
「あの朝の事、どうして何も聞かないの」
俺を見つめる深い瞳、 窓から吹き抜けた風に今井の綺麗な黒髪がなびいて、日誌がバサバサと音を立てて捲れていった。
全てがスローモーションの様に流れ、胸が苦しくて息が出来ない。
何か言わなきゃ。
無音の世界を埋める様に鳴り響くチャイムだけが、やけにでかい気がした。
「日誌、私が出してくるね」
乱れた髪を耳にかけ直して今井は席を立ち、日誌を抱えて出て行った。
一人取り残された教室、鼓動が早い。
チャイムに驚いたせいだと何度も自分に言い聞かせたけど、これも苦しい言い訳だと分かっていた。
見つめられただけ。
風が吹いただけ。
たったそれだけの事なのに、俺は今井の瞳に囚われて抜け出せなくなっていた。
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