初恋

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その日を境に、携帯の女の連絡先を全て消去し、使える時間を全て二人で過ごす事に費やした。 今井はやっぱり少し変わってる。 空が青いとか雲が綺麗とか、暮れていく夕焼けを涙で見つめる彼女の、繊細で独特な世界観は俺を夢中にさせた。 あの日、夕暮れの迫る図書室で今井は静かに言ったんだ。 「友達からでも良いですか...」 隣にいられるなら肩書きなんて何でもいい。 もう、一人で泣く姿は見たくない。 こんな気持ちは初めてだった。 木々が色めいてきて秋の気配が強くなった頃、朝のホームルームで小松崎の左手に光る指輪にクラスがざわめき出した。 「先生、結婚したのっ」 「いや、まだ婚約の段階だよ」 照れた様に笑う小松崎を今井は無表情で見つめていた。 その日は一日中避けられている様で、まともに目も合わせない今井に、何だか分からないモヤモヤが沸き上がってきて、放課後、逃げる様に教室を後にしようとする彼女の腕を掴んで誰もいない屋上へと引っ張っていった。 「そんなに小松崎が好きかよっ」 「え...」 「好きなままで構わないって言っただろっ。それなのに、どうして結婚って聞いた途端に俺から離れようとするんだよっ」 今井を前にすると理性が効かなくなるんだ。ただ隣で笑い合えてるだけで良かったはずなのに…。 自分でも説明のつかない気持ちの、持って行き場所が見つからなくて乱暴に掴んだフェンスが凄い音をたてた。 次の瞬間、背後から細い腕に抱きしめられた。 「違うの。不安にさせてごめんね...。私、一也君が好きだよ。先生に、結婚する事になったって初めて聞かされたあの朝はショックでどうしようもなかったのに、今朝その話を聞いても何とも思わなかった自分に驚いて、一也君の存在の大きさを実感したの。避けてた様に見えたのは、好きだと気付いたら急に恥ずかしくなっちゃって、まともに顔が見られなかったから」 突然の事に言葉が出ない…。 背中の温もりがスッと離れたところで慌てて振り向くと、見た事のない笑顔の今井がいた。 水色の絵の具を水で薄めてぶちまけたみたいな空に、爪でひっかいた様な雲が浮かんでる。 その日から俺達は彼氏彼女になった。
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