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真中優李、18歳。
ごく普通の公立高校に通うありふれた少年。髪も染めたこともなければ目の色がカラフルなわけでもない。のほほんと時間を進める、本が好きなだけの少年。
「…………」
夏が過ぎ、涼しくなった始業式の日。その日も学校が終わり、部活なんてものにも入っていなければバイトもしていない優李は、行きしなに買ったライトノベルの新刊を読みながら帰路に着いていた。
作者の事情からかそのシリーズは一度休刊となっていたのだが、めでたく最新刊が今日発売されたのだ。
そのシリーズが好きだった優李は、朝早くから書店へと急ぎ、開店を待ち並んでいる行列を並び、遅刻確定の時刻になってようやく買うことのできた新刊をホクホクした表情で学校に行くまでに読んでいた。が、門の前の生徒指導の先生に没収され、放課後ようやく返してもらったのだ。
朝、中途半端なところまでしか読んでいなかった新刊の続きが気になる優李に、帰ってから読むなんて言う選択肢は残っておらず、半ドンで終わった放課後に、カラオケに行こうという友達のお誘いを断り、帰り道のわずかな時間も無駄にはできないと新刊に意識を落としていた。
そのライトノベルとは、よくある最強系やらハーレムモノではなく、暴力を嫌う一国の王子が口先三寸で激動の時代を切り抜けていくという痛快ファンタジーだ。
今までにない、暴力を一度も振るわずに、嘘を織り交ぜた口だけで生き抜く世界観に優李はすっかり嵌ってしまった。
その新刊も前回は聖杯と呼ばれるアイテムの起動条件を知るその王子が捕われ、王子の仲間たちが助けに行く―――というところで終わっていた。
そこから2年。待ちに待った新刊だ。何度か人にぶつかりながらも本を読むことをやめなかった優李。交差点へと差し掛かる。
―――キィイイィィイイイイイイイイイイイ!!!!!!
聞こえたのはトラックのブレーキ音。そんな事態になっても本から顔をあげなかった優李の体は、あっけなくトラックに撥ねられ、宙を舞った。
歩道者側の信号の赤が、地面を深紅に染めていく優李を静かに眺めていた。
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