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そして、僕は映画に見限られたのだ。
自分の人生において、語るべきことがあるというのは幸運だと思う。
失敗であれ美談であれ、それを思い出として振り返ることができるのは素晴らしいことだ。
僕にとって、映画はそうはならなかった。今でも、好きだった映画のことを話すことはできるし、むさぼるように仕入れた映画や監督を巡る様々なエピソードも語る事ができる。
でも、その言葉は鈍色で輝きがない。どんなに曖昧な言葉でも、そこに思いが乗っている言葉は、輝きを持っているものだ。
僕は自分からその輝きをなくしてしまったのだろう。
それからは、語るべきこともない。
それからの僕は今ここにいる僕と大差はない。
視界が明るくなった。トンネルを抜けたのだ。頭を駆け巡った思い出も、映画の終わりのように暗転する。
トンネルを抜けてしばらくすると、渋滞は終わった。夏の空気を切りながらバスは走り、窓から入ってくる熱混じりの風が髪を揺らす。
ここで涙のひとつでも流せればよかったのだろう。だけど、僕の表情は変わっていなかった。
この唯一ともいえる輝きの思い出も、今の僕にとってはそんなこともあったなという程度のものになってしまったということだろうか。
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