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すると、それを聞いていた男がボソボソと小さな声で、
「それがいいのか?」と言った。
「それがいいって?ああ、鯨井のこと?そりゃあ、死んでくれたら清々するわよ。できることなら、その死体を目の前に持ってくれない?笑ってやるから」
「・・・分かった」
「え?ちょっと・・・」
鯨井や生徒指導の先生に死んで欲しいというのは冗談だった。だけれど、男は頷くと同時に私の前から姿を消した。
(冗談よね。冗談でしょう?)
あの男はなんでも私に貢いでくれる。車や宝石、どこから手にいれてくるのか知らないけれど、さすがに、死体はないと思った。いくら、なんでも用意してくれるとはいえ、死体を用意するなど、無理にもほどがある。
私は無意識に足を速めていた。最初はゆっくり、それが段々と早く、気が付けば走っていた。少しでも、その場に居たくなかった。夕暮れ時だというのに、周囲に人の姿がない。帰り道の学校の生徒すらいなかった。
私は誰もいい、人を探して走り続けた。だけど、誰にも会えなかった。どこまで行っても人気のない路地を行き来しているだけだった。
「どうなっているの?」
いつもの行き慣れた道が変貌して見えた。どこに居るのか確かめようと、スマートフォンを開こうとした直後、四つ角に人影が三つ見えた。薄暗くてよく見えなかったけれど、人がいたのは安心できた。私は開きかけたスマートフォンを鞄に戻すと、そこに向かって駆けだしていた。
「あ、あの・・・」
私の心に一時の安堵が浮かんだ。人に会えたことによる安心感。
しかし、それはすぐに悲鳴へと変わる。
暗がりの中、よく見えなかった三つの人影はよく近づくにつれて変であることに気付く。中央の人、その左右にいた人の足が浮いているように見えた。そして、それは見間違えでないことに気付く。気付いた時には、私の足は止まり、声は悲鳴に変わる。
死体だった。男が両手を上に掲げていたのは二人分の死体。担任の鯨井と生徒指導部の先生だったもの。首の骨が折れ二人ともピクリとも動かない。
「持ってきた」
男は言う。私が頼んだから、それを用意してくれた。鯨井と生徒指導部の先生の死体を二つ、本当に私の前に。
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