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職業選択の自由、なんて、わざわざ謳ってるCMを目にしたのは、いつだったろうか。
俺の人生の割合からすると、さして前のことじゃない。
ひと昔って言われる十年なんて、一瞬だ。百年以上も生きてればな。
え、何で百年も生きてるんだって?
正確には、百六十二年。但し、肉体年齢はピッチピチ(死語か、これ?)の十八歳だけど。
とにかく、自由に選べるほど、職種があるなんてうらやましい限りだ。
何しろ冥界――現世の人間の言うところの『あの世』じゃ、選ぶも何も、職種なんてたった一つだから。厳密に言えば、大別すると一つってだけなんだけど。
「にゃー」
ふと、足下を見ると、黒い猫がすり寄ってくる。
ふん。可愛い振りしたって無駄だぞ。
『にゃー』以外の言葉が喋れるのなんて、とっくに知ってんだから。
「……ふふっ。そう突っかかるな、雨月よ。もう開店の時間ではないのか?」
「分かってるよ、言われなくても」
猫が発したのは、低いけど、女の声だ。
冥界で課せられる罰の形は様々で、俺はたまたま人間の姿のままだけど、稀にこうして、動物の姿に変えられる者もいるらしい。
初対面から彼女は猫だったので、本来の姿を俺は知らない。
扉の前にある短い階段に腰を下ろしていた俺は、彼女に促される形で立ち上がって、伸びをする。
直後、ドスンッ、と結構な重量物が墜落した音が聞こえた。店の中からだ。
ウチの店に来る『客』は、大抵、どこからともなく店の中に降ってくる。もしくは沸いて出る。
比喩でも何でもなく、文字通りだ。
こんな扉は、言ってみれば用なしである。いや、用はあるかな。俺が出入りするのと、あとは――俺と一緒に誰かが現世に行く時に使うから。
はあ、と吐息を漏らして取っ手を握る。
今日も仕事だ。
もっとも、冥界に労働基準法なんてモノはないから、仕事自体には始業も終業もなく、休日もない。ナイナイ尽くしとはこのことだ。
取っ手を引く。それが、始業の合図のように、コロン、と軽いカウベルの音が響いた。
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