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「あ、振ってきちゃった」 ぽつっと顔に一滴が落ちて、留美は内心舌打ちした。せっかく洗濯ものを干して来たのに。早く帰ったら、なんとかぬらさずに取りこめるかもしれない。 おまけに今日は金曜日だ。保育園に通う、息子の天斗を迎えにいくと、やはり保育士から子ども用布団を手渡された。毎週持ち帰って家で干して来なければならない。どうせ持って帰ったって、梅雨だから干せないのに。 もう何に対してかも分からない怒りを感じながら、天斗にカッパを着せて、布団を背負い家へと急いだ。 「わあ、雨だ雨だ」 降り始めた雨に、天斗ははしゃぐ。 「もうっ。早く帰るよ」 濡れていく洗濯ものを思って思わず声が荒くなる。 「あらあら、元気な坊や」 穏やかな声に振り返ると、軒先におばあさんが出ていた。植木の世話をしていたようだ。 「お恥ずかしいです」 小言でも言われるのかな、とうんざりして顔をそむけた。よく年配の人は、子育てにあれこれ知ったような口をきいてくる。 パチンパチン、と音がして、おばあさんが「これよかったら」と何かを差し出して来た。 きれいな紫色のあじさい二輪だった。 「お母さん、がんばってるわね。大変よね」 おばあさんはあじさいをくるっと新聞紙で茎の端を包むと、手渡してくれた。母親になってから、誰かから花をもらうなんてこと、あっただろうか。子どもではなくて、自分のことを、このおばあさんは見てくれた。 「今だけだからね」 おばあさんは優しくそう言う。 「ありがとうございます……」 あじさいの紫色を見ていると、不思議といらだった気分が落ち着いていった。
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