25人が本棚に入れています
本棚に追加
薬剤師さんは湯船に浸かって、ふうーっと大きく息をついた。
「気持ちいいなあ。」
目をつむって、ひとり言を言う。
あんまり気持ちがよさそうだから、お風呂の妖精は抑えようとしても嬉しくなってしまう。
「入浴剤かあ……。心音ちゃん、可愛いなぁ。なんだか炭酸で、疲れも取れた気がするし。」
とまたひとり言を言って、クスクス笑う。
(ちぇっ。なんだこんなヤツ。)
お風呂の妖精は拗ねて足をバタバタさせた。浴槽のお湯が跳ねて、薬剤師さんの胸にかかる。
(胸?)
薬剤師さんは背が高いので、足を少し伸ばすと、肩がお湯から出てしまうのだ。
お風呂の妖精は、お湯からはみ出している薬剤師さんの肩を触ってみた。ひんやり冷たい。
お風呂の妖精は薬剤師さんの肩に、パシャパシャとお湯をかけた。
「心音のお風呂が小さくて、気持ちよく暖まれなかったなんて思われたら、悔しいからな。」
お風呂の妖精は、パシャパシャお湯をかける。
「ああ、気持ちいいなあ。」
何も知らない薬剤師さんは呟く。
どうやら薬剤師さんはイイヤツらしい。そう認めるしかなかった。
お風呂の妖精の目から、ポロッと涙がこぼれた。お風呂の妖精は、お風呂のお湯に顔をバシャンとつっこんだ。
お風呂の妖精にだって、プライドがある。恋敵の前で涙なんか流せない。たとえ薬剤師さんには、お風呂の妖精の姿が見えないのだとしても。
お風呂の妖精は息が続くまで、お湯から顔を上げなかった。顔をあげると、薬剤師さんをキリッとした顔で見上げた。
でも、でもな、これだけは言わせてもらう。
「心音は優しくていい子なんだ。泣かせないでやってくれよ。そりゃあオレの仕事が減っちゃうけど、そんなことはいいんだ。心音が楽しくお風呂に入ってくれればさ、その方がいいんだ。
お前のことはよく知らないけど、女を見る目だけは認めてやるぜ。」
お風呂の妖精は、薬剤師さんに話しかけた。そしてやっぱり、薬剤師さんの肩にお湯をパシャパシャとかけた。心音をもっと好きになって欲しかったから。
最初のコメントを投稿しよう!