忘れられたサディスト

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「解離性健忘ですね」 ドクターの診断を前に矢田と音成は愕然としていた。 「…解離性、健忘?」 「所謂心因性記憶障害です。非常に強いストレスにより過去の出来事を思い出せなくなる障害です」 ドクターはパソコンに何かを打ち込むと、モニターに表示された文字をペンで指し示す。 「彼の場合これにあてはまるでしょう。心因性記憶障害とは、精神的なストレス等によって記憶が失われてしまう障害です。通常、過去のことを思い出せない逆行性の健忘で、不快な体験や出来事、特定の人物を思い出せなくなることが多いとされています」 「不快な体験や出来事…」 「ええ、ただしすべてを忘れるわけではなく、一般的な知識は保たれているため、日常生活にはあまり支障はないと思います。現に彼は自分の事や母親のことは覚えているし、生活の仕方も忘れていない」 「記憶が…今忘れている記憶が戻ることはあるんでしょうか」 矢田の声が僅かに震えている。 答えを聞くのが怖いのだろう。 それは音成も一緒だった。 「症状は一時的なものが多く、大抵の場合徐々に記憶は戻っていくでしょう。ただし…」 ホッとしたのも束の間、ドクターの言葉は残酷なほど胸に突き刺さった。 「まれに一生に渡って記憶が戻らない場合もあります」
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