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彼の男の一人である矢田武蔵は、会社の社長補佐であり、副業の居酒屋も経営している敏腕な男だ。
本人曰く社長補佐の方を副業にして、いずれは居酒屋の方を本業としたいらしい。
確かに料理好きな彼が振るう手料理はどれも絶品で、一人暮しでコンビニよりになりがちだった長谷川は、しょっちゅう矢田の居酒屋に世話になっている。
料理はもちろんだが矢田自身も人気が高い。
穏やかで優しく人懐こい性格、おまけに容姿も完璧で非の打ち所のない矢田がライバルでは長谷川に勝ち目はないと思う。
しかし、長谷川だって斗羽に対する好きな気持ちをそう簡単には諦めきれない。
仕事中も斗羽の存在が気になって仕方ないし、あの白い肌に残る無数の鬱血や緊縛の痕を見るたび腹が立つ。
更に斗羽にはもう一人非の打ち所のない相手がいるらしい。
まだ面と向かって会った事はないが、矢田の知り合いならひと筋縄ではいかないような奴だろう。
こんな不毛な恋愛など今までしたことがなかった長谷川は、ちょっとした斗羽の仕草にドキドキしたり、苦しくなったりと毎日感情に振り回されている。
これが恋なのか…
深く溜め息を吐くと自嘲気味に笑った。
まるで少女漫画の主人公にでもなった気分だ。
閉店作業を終え、裏口から出ると斗羽が立っていた。
最近仕事が終わるとよくこうして誰かを待っている事が多い。
久しぶりに矢田の店に行かないかと何度も誘うのだが、そのたびに決まりの悪い顔をされことごとく断られていた。
つまり、相手は矢田ではないという事になる。
それじゃあ、もう一人の相手だろうか?
探りを入れようと近づくと、長谷川の足音に斗羽がビクリと身体を震わせた。
まるで何かに怯える動物のように瞳孔の開いた瞳で長谷川を捉えると、直ぐに瞳を伏せた。
「お疲れ。ちょうど良かった、腹減らね?やっさん家つきあえよ」
「ごめんなさい、今日は……ちょっと………」
「お前、こないだも断ったろ。いい加減つきあえよ」
訝しげな眼差しを向けると、斗羽は華奢な身体を更に小さくして俯いた。
この間誘った時と同じ反応だ。
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