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「…………………店長焦げてますってば!!」
ぼんやりとしていた頭に突然バイトの子の声が飛び込んできてハッとする。
目の前では網の上で真っ黒な墨と化した焼き鳥からモクモクと煙がのぼっていた。
ちょうど焼き場の目の前にあるカウンター席に座っていた客が口元を抑えて咳き込みながら涙目になっている。
「霧島さん、すいません!」
焦げた焼き鳥をゴミ箱に放ると、急いで席を変わってもらうようにバイトに指示を出した。
「いいっていいって。それより矢田が料理中にミスするなんて珍しいなと思って。何かあった?」
霧島の鋭い指摘に思わずどきっとする。
しかし矢田はすぐに笑顔を取り繕うと、煙まみれにしてしまったお詫びにと水菜とからすみのサラダの小鉢を置いた。
「少し前まではけっこうハードでも毎日楽しそうだったし、顔に幸せですって書いてあるくらい弛んでるように見えたんだけどなぁ」
「何もないですよ。霧島さんすぐそうやって憶測で探りいれてくるから」
「憶測かぁ~…ふ~ん、まぁいいけど」
4、50代の落ち着いた眼差しを持つこの常連の男は、人の気持ちを見抜くような鋭い観察眼を持っている。
「それより霧島さんはどうなんです?」
自分へ向けられた矛先をかわすように霧島に質問をする。
「俺?俺はね…」
霧島はそう言うと、宙を仰ぎ何かを思い出したようにそっと笑う。
「秘密かな」
嬉しそうに綻ぶ口元を見る限り、想う相手ができたのだろう。
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