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何が足りなかったのか理由を何度も考えた。
優しさか、包容力か、思いやりか、男らしさか。
理由はどれも当てはまる気がして、何が決定的に不足だったのかはわからない。
理由は何にしろ、結局音成には勝てなかったという事だ。
完全に納得したわけではないが、斗羽が決めた事ならこちらが諦めるしかない。
彼はフィストをされそうになっても決して気持ちを揺るがせなかった。
それだけ意思は堅く、音成に対しての気持ちが真剣なのだろう。
しかし、矢田もそれと同じくらい斗羽の事を真剣に想っていた。
好きで好きでたまらなくて、彼の全てを自分のものにしたかった。
心の底から愛していたし、生涯をかけて守りたいと思っていた。
こんなに人を深く愛したのは初めてで、こんなに深く傷ついたのも初めてで。
きっと全てを忘れて真っ白になるには時間がかかるだろう。
どれくらいかかるかわからないが、そんな日はとうぶん来ないように思えた。
それでも生きていかなくてはいけないのだ。
血を吐くほど苦しくても毎日一歩ずつ踏み出さなければ何も変わらない。
どう足掻いても、もう自分が彼に必要とされる事はないのだから。
「ごちそうさま、帰るよ」
カウンターにお代を置くと霧島が立ち上がった。
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