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「いい加減にしてください」
静かなオフィスに鋭い叱責が響く。
シルバーフレームの眼鏡の奥にある双眸は見るものを凍らせてしまうほど冷たく冷徹で、この眼差しに射抜かれると大抵の人間はすくむものだ。
だが、目の前にいる男は全く気にする素振りもなく溜め息を吐いた。
「悪いとは思っている。だけど仕方がないだろう?要が何に臍を曲げているのかわからない」
男は秋人に向かってそう言うと、ふいと顔を逸らした。
子どものような男の態度に半ば呆れながら秋人は頭を抱えた。
鈴原要が突然家を訪ねてきてから二ヶ月が経とうとしている。
初め、要が現れた時は何を目論んでいるのかと警戒した。
秋人は一度要に裏切られている。
まだ大学生だった頃、遊び半分で起こした事業が思いの他成功した矢先、要はそのデータを持ち去って姿を消した。
そのときはかなり落ち込んだものだ。
それはせっかく立ち上げた事業に対しての未練などではなく、親友だと思っていた要の裏切りに対してのショックだった。
だから、久しぶりに姿を見せた要に警戒するのは当然で。
反省しているという言葉と謝罪を受けて和解したものの、やはりどこか信用できなくて斗羽にはあまり近づけたくはないと思っていたのだ。
しかし、パートナーと喧嘩をしたから行く宛てがないと言われ仕方なく家に置いてやっていた矢先、いつの間にか斗羽と接触していた。
激務も重なった上、要と斗羽の接触、そして斗羽に触れられない日が続いていたせいかその日は激しく抱いてしまい、衝動のまま同棲を申し入れていた。
まだ返事は聞いていないが、彼と生活を共にしたいという気持ちに迷いや揺らぎはない。
日に日に募る斗羽への深い執着と独占欲。
自分が会えない間に、斗羽が何度も矢田と肉体を交えているのかと思うと胸が焦げつきそうになる。
だから、そのためにも要には一刻も早く家から出ていってほしいのだ。
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