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その時突然着信音が響いた。
秋人は胸ポケットからスマホを取り出すと画面に映る着信の相手を確認する。
矢田か。
どうせまた片付いていない仕事の催促と嫌味だろう。
秋人が渋々通話ボタンをタップすると春仁は見計らったようにオフィスを出ていった。
要の事についてもう少し追及したかったのだが仕方がない。
秋人はため息を吐くと、スマホを耳にあてた。
「なんだ」
『なんだじゃねぇ、てめぇ何してやがる!』
開口一番喧嘩腰に怒鳴られ、秋人は思わず目を丸くする。
「なんの事だ?」
わけがわからず聞き返すと矢田はますます口調を強めた。
『お前のせいだ、お前が斗羽をちゃんと捕まえてねぇから…っ!』
一方的な批難の言葉と、斗羽の名前を聞いて秋人の美眉が寄せられる。
矢田とは普段から言い争っているが、意味もなく攻撃的な言葉を投げかけたり、声を荒げたりするような奴じゃない。
「落ち着け、斗羽がどうした」
ただ事ではないと感じた秋人はとにかく矢田を落ち着かせようと声をかける。
『斗羽が倒れた』
「なんだと?」
頭を重い鈍器か何かで殴られたような衝撃が走る。
スマホを持つ手に力が入り、身体中から血の気が引いていくのを感じた。
「どういう…ことだ」
運ばれた病院の名前を聞くや否や、飛び出していた。
矢田は命に別状はないと言うが、自分の目で確かめるまでは信じられない。
仕事は山ほど残っているがどうでもよかった。
信号で足留めを食らう度、苛々として舌打ちが飛ぶ。
ステアリングを握る手も震え、抑えつけるのに必死だった。
こんなにも取り乱したのは初めてで自分でも驚くほど動揺しているのがわかった。
彼を失うかもしれない、そう思うと得体の知れない恐怖と暗闇に襲われどうしていいかわからなくなる。
それほど斗羽という存在は秋人にとって特別であり、何にも代えがたいものになっているのだ。
もっと自分がそばにいて、斗羽の異変に気づけていたらこんな事にはならなかったかもしれない。
「……くそっ」
秋人は呟くとアクセルを踏み込んだ。
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