強欲なマゾヒスト

10/13
4758人が本棚に入れています
本棚に追加
/198ページ
まゆみが病室の外へ出て行くと、斗羽はそっと身体を起こして膝を抱えた。 一人になるとますます混乱と恐怖がこみ上げて来る。 なぜ記憶が抜け落ちているのか、なぜ自分がこんな目にあってしまっているのか考えれば考えるほど目の前に白い靄がかかったようになっていく。 スパナやレンチなどが並ぶ棚… 水滴の滴るグラスジョッキ… どこかのすっきりと纏まった寝室… 白いシーツの上で絡み合う誰かの手と手… 断片的なものはぽつぽつと浮かんでくるのだが、その先を覗こうとすると何かが記憶を隠してしまうのだ。 大丈夫、初めから整理していけばいい、すぐに思い出せる。 何度も自分に言い聞かせるが、やはり先を見ようとすると靄がかかり同時に胸がざわざわとして落ち着かなくなるのだ。 とにかく、まゆみの言っていた「友だち」の顔をみれば何かを思い出すことができるかも知れない。 少し怖い気もするが、記憶を呼び醒すにはそれしかないと思った。 しばらくすると、病室の扉がノックされる。 ほんの少し逡巡して返事をすると、スライド式の扉がゆっくりと開いた。 「斗羽!」 扉から入ってきたのは目を奪われるほどの男ぶりのいい二人だった。 斗羽の名を呼びながら駆け込んできた一人がベッド脇まで来ると、苦虫を噛み潰したような顔で斗羽を見つめてくる。 彫りの深い目元と高い鼻梁、パーツの一つ一つがクッキリとしているのに清潔感があり、整えられた口髭がとても似合っている。 こんなかっこいい人が身近にいる生活を自分がしていたなんて信じられない。 思わず見惚れてしまっていると、その後ろからもう一人が近づいてきた。 彼もまた、苦汁を舐めたような表情で斗羽を見ている。 細いシルバーフレームの眼鏡に、切れ長の瞳。 スッと通った鼻筋と形のいい唇。 完璧なバランスで配置されたパーツは驚くほど整っていて、まるで雑誌から飛び出してきたモデルのようだ。 二人並ぶと圧巻の一言でまゆみが色めき立つのも納得できた。 だが、やはり斗羽は彼らが誰なのか思い出すことができない。 「どこか痛くないか?」 訊ねられて斗羽はふるふると首を横に振る。 「心配した、すごく……」 痛々しく歪んだ表情から、本気で斗羽の身を案じて思ってくれていた事がわかる。
/198ページ

最初のコメントを投稿しよう!