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「これは辛い状況から逃げ出したいという隠れた願望によって引き起こされます。病気ではなく、強いストレスの中で自分のアイデンティティを失う事によって起きることです。激しい苦しみは強い衝撃を体全体に与えます。そこから自分を守るため、心はその出来事、またはそれに関連する事柄の記憶全てに蓋をしてしまうのです」
ドクターから告げられた斗羽の症状について、音成の頭の中は混乱と動揺でないまぜになっていた。
そこまで強いストレスや苦しみを彼が味わっていたことに愕然とする。
そしてそれに気づけなかった自分にも腹が立って仕方がない。
どうして気づけなかった?そばにいたのに。
いや、仕事の忙しさにかまけて彼を一人にしていた自分のせいだ。
それに矢田にこの話を聞くまで、彼が要とそんな関係になっていることにも全く気づけなかった。
矢田と決別していたことも。
音成はため息を吐くと頭を抱えた。
あまりにも何も知らなすぎて自分でも呆れてしまう。
こんな体たらくで彼の恋人を名乗っていたのだから全く本当に呆れてしまう。
しかしもうこうなってしまった以上、彼に一体何があったのか、どんな経緯でそうなってしまったのか訊ねることも力になってあげることもできない。
あるいはそばにいることも…。
今の彼にとって音成や矢田は記憶から消してしまいたいほどの存在で、近くにいることでさえもストレスになりかねない。
忘れられたのだ。
その記憶から綺麗さっぱりと。
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