忘れられたサディスト

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突きつけられた現実はあまりにも残酷で無慈悲だった。 しかもこの記憶障害については具体的な治療法はないらしい。 こちらが躍起になって本人に思い出させようとすればするほど、その症状を悪化させてしまうこともあるというのだ。 「安全な環境や自己表現の機会を提供しながら、自然経過を見守るという態度が賢明でしょう」 ドクターの診断のもと斗羽は少しの間入院することになったが、正直どうやって接していいものかわからず途方に暮れた。 そばにいる事は負担になるとわかっていながらも、もしかしたら…という可能性を信じずにはいられないのだ。 斗羽自身にはまだ自分たちがどんな関係だったかというのは伝えていない。 斗羽の母親に言った通り、今のところ音成のことも矢田のことも「友だち」だと思っているが正直それがいつまでも突き通せるとは思えなかった。 病院から音成家へと戻った二人に会話はなかった。 もとより仲が良いわけではなかったが、ますます溝が深くなったように感じる。 矢田は苛だたしげに頭を掻き毟ると深くため息をついた。 こうなる前に斗羽と矢田の間に何があったのかはわからないが、斗羽自ら矢田と決別したのには何か理由があるのだろう。 しかしその理由や彼の真意を訊ねることももうできないのだ。 「しばらくは彼の母親に任せよう」 音成はできるだけ平静を装って矢田に話しかけた。 「何でこんなことになったんだ…」 ボソリと呟いた矢田の言葉に音成は目を伏せる事しかできない。 「…斗羽はお前を選んだと思ってたんだ…だから…お前なら仕方がない…そう思って諦めようとしてたのに……お前は…」 切れ切れの言葉に苛立ちを感じる。 「それは…」 「言い訳は聞きたくねぇ。今更お前の言い訳なんか聞いたって斗羽は俺たちのことを一ミリだって覚えてねぇんだからな」 ボソリと呟いた矢田の言葉は鋭く音成の胸を抉っていく。 「俺は自分で確かめる。どうしてこうなったのか、ぶん殴ってでも要から聞き出す」 矢田はそう言うと、わざと音成の肩にぶつかって出て行ってしまった。
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