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少しずつだが、斗羽は日常を取り戻しつつあった。
記憶を失くしている、とはいってもここ数年の出来事が抜け落ちているだけなので日常生活は難なく過ごせている。
叔母の家での生活にも慣れ、ずっと休んでいた仕事も再開し始めた。
記憶が抜け落ちているせいで、それまで得ていた知識もごっそりなくなってはいたが、職場の人たちは斗羽の状態を理解してくれて、皆懇切丁寧に教えてくれた。
特に長谷川涼という人はすこぶる面倒見がよく、明るくて気さくだった。
彼と他愛のない話をしている時は、楽しい。
生活はとても充実している。
日常生活に何も不自由な事はない。
記憶がないといったって何も困ることなんかなかった。
それについて誰かに咎められることはないし、もういっそ思い出さなくてもいいんじゃないかとさえ考えるようになっていた。
しかしそう思う一方で病院で親身になって斗羽を心配してくれていたあの二人のことが頭を過ぎる。
彼らとは一体どんな関係だったのか。
それだけがずっと心に引っかかっていた。
「斗羽、もう上がるか?」
長谷川がいつものように声をかけてくる。
彼は斗羽が職場に復帰してからシフトを合わせてくれて毎日のように送り迎えをしてくれている。
家も反対方向だし大変だからと何度も断っているのだが、彼は頑として譲らないのだ。
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