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「どうしたんですか?」
斗羽は平静を保ちながら、なんとか笑みを浮かべてみせた。
あの日の病室でのことが頭を過る。
自分と彼らに何かがあったことはわかっていたが、その原因は未だに思い出せないでいた。
しかし、彼らはあれから一度たりともその事について追求してこなかった。
それどころか顔すらみせなかったので、きっともうこんな自分には愛想を尽かしたのかもしれないとどこかで思ったりもしていた。
それならそれでもいいと思っていた。
誰かと深く関わると、結局こんな風に誰かが傷ついてしまうのだから。
矢田はかつかつと靴音を鳴らしながらそばまで来ると、持っていた紙袋を渡してきた。
首をかしげながら受け取ると、そこからいい香りが漂ってくる。
顔を上げると、矢田はにこりと笑っていた。
その笑顔が、どこか懐かしくて何だか急に胸が押し潰されそうな気持ちになった。
「ちゃんと食ってるか?ちょっと目離すとすぐ痩せちまうんだから」
矢田に渡された紙袋の中は彼の手料理が小分けになって詰められていた。
「わぁ、ありがとうございます。こんなに沢山もらっていいんですか?」
漂ってくる美味しそうな香りに思わずお腹がなってしまいそうになる。
生活に慣れたとはいえ、毎日忙しいと疲れて料理を作る気にもならずここ最近はコンビニで済ませてしまうことが多かったのだ。
「お前のために作ったんだ。もらってくれなきゃ困る」
矢田はそう言うと、斗羽の髪を掻き混ぜてきた。
思わずドキッとしてしまい、顔が熱くなってくる。
「長谷川さんに聞いたんです、矢田さんって料理がすごく上手だって」
照れ隠しのようにそう言うと、矢田は複雑そうな笑みを浮かべた。
「なんだ、そんなことも忘れちまったのか」
「あ、ご…ごめんなさい」
しまった、と思い咄嗟に謝る。
自分から墓穴を掘ってしまうなんて。
しかし、矢田は困ったように眉を下げながらも口元に笑みを浮かべていた。
怒ってはいないらしいことに少しだけホッする。
「いいんだ、俺はもう決めたから」
何か決意を固めたような矢田のセリフに、斗羽は首を傾げた。
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