忘却のマゾヒスト

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「決めた?って?」 何のことか分からずぼんやりしていると、突然腕を掴まれて引っ張られた。 あっ!と思った時にはもう、広い胸の中にすっぽりと収められていた。 たちまち顔が熱くなり、心臓が跳ね上がる。 あまりにも突然の出来事に斗羽は声を発することもできなかった。 どうして…という疑問符が頭の中をいっぱいにしていく。 しかし不思議なことに男同士だというのに嫌悪は微塵も感じない。 それどころか懐かしいと感じていた香りが胸いっぱいに広がり、思わずそこに顔を埋めたくなってしまった。 「お前が忘れたなら、全部最初からやりなおせばいい。そうだろ?」 矢田はそう言うと、逞しい腕で力一杯抱きしめてきた。 身体はさらに密着して、鼓動が早くなる。 それでもやっぱり嫌悪を感じることはない。 後頭部を支えていた手が襟足をさわさわと撫でられ、上を向くよう促された。 恐る恐る見上げると、矢田は熱のこもった眼差しで斗羽を見つめていた。 まるで、恋人でも見つめているかのような視線に射抜かれて羞恥に身体が強張る。 なぜそんな眼差しで見つめてくるのだろうか。 戸惑いながら蕩然としていると、恍惚と目を細めて矢田がゆっくりとその端正な顔を近づけてきた。 「好きだ、愛してる」 甘い吐息混じりの告白とともに、柔らかな感触が唇に触れる。 大きく見開かれた斗羽の手から紙袋がずるりと滑り、地面に落ちていった。
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