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「俺はお前が思い出したくないと思ってるなら、何も思い出さなくてもいいと思ってる」
矢田はそう言うと再び抱きしめてきた。
てっきり呆れられていると思っていた斗羽は驚いた。
あの病室での矢田の言葉や態度は、斗羽が彼を傷つけるような事をしてしまったことを表していたからだ。
普通なら責められてもおかしくないのに、彼は許すどころか思い出さなくていいと言ってくれている。
こんなに優しくされていいのだろうか。
「怒って、ないんですか?僕は何かしてしまったんですよね」
あんな事をしておいて今更だとも思ったが、恐る恐る訊ねてみる。
「バカ、怒るわけないだろ」
矢田はそう言うと、斗羽の髪を掻き混ぜたてきた。
くしゃくしゃと頭を撫でられて何だか泣きたくなってしまう。
「お前がまた俺のことを好きになってくれたらそれでいい」
この人はいつもそうだ。
頭の中で誰かがそう言っている気がした。
優しくて男らしくて、包容力があって。
だから…
「それに、お前がこんな風になった原因は俺にもあったことがわかった…だからもういいんだ」
矢田は穏やかな笑みを浮かべると耳元に唇を寄せてきた。
「だから今度から俺に会ったら覚悟してろよ?お前を本気で口説くからな」
まるで別人のような低い声で囁かれて心臓が跳ね上がる。
「…はい」
強引ででも優しい言葉に、斗羽は久しぶりに素直に笑うことができたのだった。
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