忘却のマゾヒスト

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その日からほんの少しだが肩の荷が下りたように気持ちが楽になった。 それは矢田が言ってくれた「無理に思い出す必要はない」という言葉のおかげだった。 好きでこうなったわけではないのだが、やはりいつもどこかで引け目を感じていた。 自分の身にふりかかったことに対して受け入れることができなかった意思の弱さ、解決策を見出せなかった己の力不足が招いたことの結果なら、望んだことではないとはいえこうなった責任は自分にある。 実際それで多大な人に迷惑をかけているのは事実だったし、気にするなと言われてもやはり申し訳なさを感じずにはいられなかった。 けれど彼は言ってくれた。 「気にしなくていい」ではなく「思い出さなくていい」と。 それは今の斗羽にとって救いのような言葉だった。 そのままの自分を肯定される、受け入れてくれるということは、思ってた以上に斗羽の気持ちを軽くさせた。 このままでいいのだと思うと自然と前を向く力にもなる。 心配してくれていた長谷川にも、もう大丈夫だからと送り迎えを断り、矢田とは二人きりで頻繁に会うようになっていた。 彼は優しくて、包容力があって、料理が上手で、けれど少し意地悪で。 でもそんなところが魅力的で、会うたびに彼に惹かれていっている事を実感している。 手を繋いで、キスをして、触れて触れられて。 ゆっくりとではあるが確実にその関係を深めていっていた。 このまま穏やかな生活が続けばいい。 優しい矢田と、寄り添って生きていけるような毎日が続いたらきっとそれは幸せだろう。
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