忘却のマゾヒスト

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呆然とする斗羽と男の間を風が通り抜けていく。 前髪が揺れ、そこから覗く黒目がちな瞳が揺らいでいるのが見えた。 「悪かったと思っている」 男はそう言うと、少し潤んだ目を伏せた。 「最初は…本気で君の力になりたいと思ってたんだ、本当だ。けれど、君を知れば知るほど…自分と重なって見えて…」 目の前の寂しそうな表情が斗羽の胸をざわつかせる。 どこかでこの眼差しを見たことがある気がした。 「あの、あなたは僕が何をしたのか知っているってことですか?」 恐る恐る尋ねると男はあっさりと答えた。 「知ってるも何も当事者だからね」 どくんと胸が高鳴った。 ずっと気になっていたことをこの男は知っている。 「あ、あの…」 しかし男は、斗羽が訊ねる前に困ったように笑った。 「悪いけど俺からは何も言えないんだ。矢田には二度も殴られたしね。それに君に近づくなとも言われているから、こうして会ってるところを見られたら今度こそ殺されかねない」 「そう、なんですか…」 何があったのか知りたいような…でもどこかでそれを躊躇っていている自分もいて、なんともいえない複雑な気持ちになった。 斗羽の表情に気づいたのか男がじっと見つめてくる。 真っ黒な瞳は何もかも見透かしているように見えた。 「一つ、聞いてもいい?」 「…はい」 「斗羽君は思いだしたいのかな?それとも思いだしたくないのかな?」
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