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「えっと正直言って、どうしたらいいかわからないんです」
斗羽は素直に答えた。
「思い出した方がいいに決まってるのはわかってるんです。それで沢山の人に迷惑をかけてるから…でも今の生活を壊したくないのもあって…」
「随分正直だね」
男はクスッと笑う。
斗羽は俯くと瞳を伏せた。
「僕は、思い出さない方がいいんでしょうか」
斗羽の質問に男は苦笑いを浮かべた。
「それに答えるのはちょっと気まずいかな」
「あ、そ、そうですよね…ごめんなさい」
斗羽は咄嗟に謝った。
男は斗羽が記憶をなくす原因になった、言わば引き金のような存在なのにこんな質問するなんてどうかしてる。
けれど、なぜか男には何でも正直に話せそうな気がした。
「やれやれ…やっぱりほっとけないなぁ」
困ったような、呆れたような複雑な表情を浮かべながら男は斗羽を覗き込んだ。
「俺はね、ずっと大切にしてきたものを自分から手放してしまおうとしてたんだ。相手には俺よりも相応しい相手がいて、俺と一緒にいても幸せになれないんじゃないかって自分から突き放そうとした。でもダメだった。どんな人といても誰と寝ても、俺から決して消えなかった」
男はそう言うと、ふっと笑ってみせた。
その笑顔が思いの外綺麗でドキッとしてしまう。
それは人が何か決意を決めた時に見せる清々しく活力に溢れた表情だった。
「君を巻き込んでしまって本当にごめん…これはお詫びになるかわからないんだけど、一つだけヒントをあげるよ」
男は斗羽の左側の肩をトン、と軽く押すと悪戯っぽく笑った。
「君の隣はひとつじゃない」
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