曖昧模糊な関係

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そんな話、矢田から聞いた覚えはなかった。 「ほら、斗羽君も覚えてるでしょ?あの時一緒にいたじゃない」 それを聞いてハッとする。 そうか、斗羽が記憶をなくす前の話なのだろう。 そんな話が、どこかにあるんじゃないかと思っていた。 今はなくてもいつかどこかでそんな話が上がってくるとも思っていた。 彼は男の斗羽から見てもかっこいいし、とてもモテる。 優しいし、面倒見は良いし頼り甲斐もあって男らしい。 女性が放っておく筈がない。 「あんなにいいお嬢さんを断るなんて本当に信じられないわ。あの子よりもいい子なんてそうそういないと思うんだけど、彼女でもいるのかしらねぇ?斗羽くん本当に何も知らない?」 中西の詮索するような眼差しがひっきりなしに飛んでくるが、斗羽は苦笑いを浮かべることしかできない。 「まぁ、他にいい子がいるなら仕方ないわね。矢田さんと(ひかる)ちゃんの子供絶対可愛いと思ったんだけど…残念」 中西はそう呟くと「よろしくね」と言って斗羽に回覧板を渡し、去って行った。 斗羽は決して子供が嫌いというわけじゃない。 しかし記憶をなくしてからというもの「子供」というワードを聞くとなぜか胸がざわついて仕方がなくなる傾向があった。 その理由がなぜなのか、今わかった気がした。 引け目を感じているのだ。 自分が彼の子孫を残すことができないという事に。 もし、それを矢田も感じ始めていて中西に紹介された女性のことを気にしているのだとしたら…斗羽との逢瀬中、あんな表情になってもおかしくはない。 一度そう思ってしまうと、気持ちは再び泥の中に沈んでいく。 自分のマイナスな思考がつくづく嫌になる。 うじうじ悩むのも疲れたし、いい加減はっきりさせていっそのことスッキリフラれてしまった方が潔い気もする。 けれどそんな勇気や度胸は微塵もない。 矢田に会えば会うほど、彼を好きになればなるほど、どんどんどんどん臆病になってしまうのだ。 斗羽は深くため息を吐くと、雑草のなくなった庭を見つめた。 すっきりとした庭と裏腹に、斗羽の心にはもやもやとしたものがずっと蔓延ったままなのだった。
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