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ずっとこうされたかった。
身体の奥底からなんともいえない感情が込み上げてくる。
身動きすればするほど食い込む縄の感触。
主導権を奪われる甘い絶望感。
「さぁ、今日はどんな事をして楽しもうか?」
「ゆっくり焦らしながらされるのがいい?それとも息つく隙もないくらい激しくされたい?」
二人の男の声が左右の耳朶を嬲りながら染み込んでくる。
蠱惑的な言葉は斗羽の内側にじわりと広がって悦楽を生み出しはじめた。
それは服従する喜び、被虐欲。
このまま何もかもこの二人に委ねてしまいたい。
半端に脱がされた服と縄の隙間から別々の手が潜り込んでくる。
異なる触れ方に期待にして肌が粟立った。
「どっちも…」
貪欲な斗羽の答えに二人がクスリと笑う。
「いいよ、どっちもしてあげる」
「今日のセーフワードは…」
ハッと目が覚めた。
瞼を開くと、見慣れた自宅の天井が広がっている。
何であんな夢…
未だに肌に残るリアルな感触に、斗羽は顔を赤く染めた。
記憶か、それとも願望かわからない。
けれど、縛られて二人から…なんて普通じゃ考えられないような事を夢に見るなんて自分はどこまで欲求不満なのだろう。
斗羽は唇を噛むと、ソファから起き上がった。
するとキッチンの方から包丁がまな板を叩く耳触りのいい音と、何かをグツグツと煮込む鍋の音が聞こえてくる。
出汁のきいたいい香りが漂ってきて、斗羽は匂いに釣られるようにキッチンへと向かった。
「矢田さん…」
そこには、食材を前に鮮やかな手つきで包丁を裁く矢田の姿があった。
「起きたか?開いてたから勝手に入ったけど…物騒だからちゃんと鍵は閉めとけよ?」
その台詞にドキッとする。
さっき見ていた淫らな夢でも言われた台詞だったからだ。
「お前また何も食ってないだろ」
腕まくりをして手伝おうとすると、軽く窘められて再びどきっとした。
どうやら空っぽの冷蔵庫を見られてしまったらしい。
「お前、ちゃんと食えっていつも言ってるだろ。じゃないとプレイに…」
矢田はそう言いかけて途中で止めてしまった。
「プレイ」とは何のことだろう。
不思議そうに矢田を見上げると、バツの悪そうな表情をして矢田が見下ろしてきた。
いつものあの困った顔だ…。
胸がきゅうと引き絞られるような気持ちになる。
しかし斗羽は自らを奮い立たせると何事もないように笑ってみせた。
「どうしてそんな表情をするのか、本当はもう斗羽の事なんて好きでも何でもないんじゃないか」
うだうだ悩むくらいなら直接訊ねていっその事バッサリふられてしまった方がいいとさっきまで散々思っていたくせに、いざ矢田を目の前にすると途端にそれができなくなる。
こんなのは卑怯でずるい最低のやり口だ。
わかってはいるけどその一歩を踏み出せないのは失う事が怖いからだ。
矢田から本音を聞いて、傷ついて絶望するのが怖い。
貼り付けたような嘘の笑顔を見せていると、矢田の指先が前髪に触れた。
「濡れてる…シャワー浴びたんだ」
少し掠れた声で訊ねられて、斗羽はドキッとしながら頷いた。
髪の先にも神経が宿っているかのように触れられた場所が熱くてたまらない。
「あ、はい。掃除してたら汗かいちゃって」
髪を弄んでいた指先が唇に触れる。
「そうか」
下唇をふにふにと揉まれて、斗羽は無意識に唇を開いた。
角度を傾けた矢田の顔が近づいてくる。
キス、される。
「……」
しかし、唇はすんでの所で止まり唐突に離れていった。
あぁ、やっぱり。
どこかで予感していた事が起こって絶望する。
矢田はキスをすることさえも躊躇うようになってきているのだ。
きっともう彼の中に斗羽を好きという気持ちは存在しない。
もうお終いなのだ。
「もうすぐできるから髪、乾かしてこいよ」
そう言って背を向ける矢田に向かって、斗羽は縋るように抱きついていた。
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