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となりのおとなりさん
「矢田さん、あの」
「どうした?」
思いつめた表情の斗羽を心配そうに矢田が覗き込んでくる。
この人の優しさは残酷だ。
嫌いなら放っておいてくれたらいい。
それかもういっその事きっぱりと言ってくれたらいいのに。
それなのに斗羽が沈んだ表情をすると、直ぐに察知してこちらを心配するように伺ってくる。
嫌いなのか、ただ単に遊ばれているだけなのかわからなけれど、矢田の心はきっともう斗羽をみてはいないんだと思った。
いや、もしかしたら最初からそうだったのかもしれない。
優しい彼の事だ。
記憶のなくなった斗羽に対して同情してくれていたのかもしれない。
きっとそうだ。
斗羽は心配そうに覗き込む矢田を真っ直ぐに見上げた。
そして、ついに今まで怖くて口にする事ができなかった事を訊ねた。
「矢田さんは、僕でいいんですか」
斗羽を見下ろす矢田の目が徐々に見開かれていく。
「何…言ってんだ…当たり前…」
「違いますよね」
言いかける矢田の言葉を遮って、斗羽は畳み掛けるように続けた。
「ごめんなさい…本当はずっと気づいたんです。矢田さんが…初めから僕の事なんか見てなかったって…。でもずっと言えなかった…僕は、ズルくて弱いから…矢田さんを何とか引き留めておきたくて…矢田さんの優しさに甘えて気づかないふりをしていたんです。でももう…」
握った拳が震えている。
それをそっと隠すと、斗羽は精一杯笑ってみせた。
「今まで優しくしてくれて…ありがとうございました」
頭を下げ視界が矢田から外れると、途端に涙が溢れてきた。
これまで溜まりに溜まった感情が決壊したように溢れて、頬を床を
濡らしていく。
相変わらず言葉足らずで気持ちはうまく伝えられなかったけれど、これで良かったんだと思う。
この人を縛りつけるのは今日で終わりにする。
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