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「……すみません」
小さくなりながら謝ると
「若いっていいよね」
男はそう言って微笑んだ。
斗羽の事を若いという割には、男もそんなに変わらないないように見える。
細身で身長も斗羽と同じくらい。
癖のなさそうな黒髪は、無難なショートスタイルでさらさらと揺れている。
鼻や口はやや小ぶりだが、つぶらな瞳と左の口許にあるほくろだけが妙に存在感を示している。
良くも悪くも『普通』『平凡』そんな印象だ。
最近、華のある男ばかりが周りにいるせいかこうして自分と似たようなタイプが存在している事がわかると少し嬉しくなる。
似た者同士の親近感というか、なんというか…
「大事にしてね」
男の言葉に斗羽はえっ?と言って振り向いた。
立ち止まった男は柔らかく微笑んでいるが、その眼差しに宿るはかなげな影が斗羽の胸を少しざわつかせた。
「大切なものから手を離さないで」
男はそう言うと、傘を一本購入して帰っていった。
(何だったんだろ…)
大事にして、とか大切なもの、とかまさか…長谷川の事を言っているのだろうか?
違う、長谷川とはそんな関係じゃない。
よくよく考えると、そこを訂正する事を忘れてしまっていた。
男が出ていった入り口を振り返るがもうその姿はなかった。
「まぁ、いいか」
また会うとも限らないし、会ったとしてもきっと挨拶程度の関係だ。
入り口から見えた空はいつの間にかどんよりとした雨曇に覆われて今にも雨が降りだしそうだ。
向こうは晴れているだろうか、雨が降っているだろうか。
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