4788人が本棚に入れています
本棚に追加
中西の言葉に斗羽はぎょっとして目を見開いた。
またその話をする気なのか。
しかもこんな険悪な雰囲気の中。
きっと彼女の中には、こちらの事情や都合なんていうものは皆無なのだろう。
矢田の返事も待たずに目の前の一軒家のインターフォンを押していた。
ざわざわとした胸騒ぎに懸念を抱きながら矢田を盗み見る。
何か言葉巧みにかわすだろうと思っていたが、矢田の口唇は硬く引き結ばれたままだ。
どういうつもりだろう?
中西の紹介する女性に会うつもりなのだろうか。
確かに、返事も待たずにインターフォンを押されては会わずにはいられないかもしれない。
矢田は大人の対応をしたまでだ。
しかし、斗羽の胸中はあっという間に昏い気持ちに支配されていく。
本当は中西が紹介してくれる女性に興味があるんじゃないんだろうか?
美人で器量が良くて矢田にぴったりだと言っていた。
「こんばんは」
玄関から出てきた女性はすらりとした長身の美人だった。
ピッタリと身体にフィットしたスーツを着こなし、いかにもキャリアウーマンといった感じだ。
肩までかかるストレートの黒髪を靡かせやって来ると中西と軽く挨拶を交わす。
「ほら、洸ちゃん。こちらがこないだ言ってた矢田武蔵さんよ。すっごく格好いいでしょう?」
中西が嬉しそうに矢田を紹介すると女性が矢田に向き直った。
若干吊りぎみの勝ち気な瞳が利発さを物語っている。
「初めまして、尾野洸(おの ひかる)です。会えて嬉しいです」
尾野がニッコリと笑うと、それまで表情一つ変えなかった矢田も柔らかい笑みを浮かべて尾野に答えた。
「初めまして、矢田武蔵です。中西さんの言う通りだ。綺麗な方で驚きました」
矢田の言葉が胸を抉った。
「お世辞がお上手なんですね」
尾野がクスクスと笑うと今度はその長い睫毛に縁取られた瞳が斗羽を捉えた。
「そちらは…?」
「あぁ、ちょっと知り合いなだけですよ。僕居酒屋も経営してるんですけど彼、そこによく遊びに来てくれるんです。お互い独り身同士で何となく仲良くなったんですけど、尾野さんが仲良くしてくれたらもう会う暇もなくなるかもな?」
最初のコメントを投稿しよう!