[一]

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 この朝も地下鉄に乗った途端、あれ、どこへ行くんだっけ、どの駅で降りるんだっけと考えていた。本当に思いつかなかったのだ。焦って定期を見て降りる駅を知り、同時に通学の途中だったことを思い出した。  頭の中で記憶の一部分がすっぽりと抜け落ちているような気がする。でも私はだあれ?、ここはどこ?な状態ではない。変になっていることを隠して普通に振る舞おうと思えばできなくはない。ただ由岐信豪が持っているはずの記憶が曖昧になっていて、座りの悪さに追い立てられているようなイメージなのだ。  降車駅でトイレに入って鏡を見てみる。こんな心理状態で鏡を見るなんて自殺行為なのは分かっていたが、他の誰かにそうさせられているような感じで鏡の前に立っていた。 「うわぁ、気持ちわりぃ」  思わず口をついて出た言葉だ。心に何の準備もせずにつぶつぶ画像を見せられて、背筋がぞわっとした時のような感覚だ。もちろん鏡に映った顔がつぶつぶになっていたわけではない。ただ、その顔は自分ではない誰かにしか見えない。  錯覚や思い過ごしだとしても、絶対そういう見え方になるだろうなとは思っていたが、そこにいたのは、やはり自分でない誰かだった。見慣れた顔のような気もするが、目鼻の位置が違うとか、頬まわりの肉付きが違うとか、探し始めるとそんな具合だろうか。いや細かいパーツを言い始めると違ってはいない、なのに全体で見ると違うという思いがついて回るのだ。
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