その八 白蛇

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 蛇にイワナガの声が伝わったかは分からない。ゆったりと体をくねらせ、見下ろしていた顔をイワナガの顔の前にまで下ろした。赤く光る眼はおぞましくもあり、美しくもあった。ちろちろと覗ける舌が、イワナガの鼻すれすれに伸びている。  「モモソはまもなく高天原に所在を取り上げられるが、無になるわけにはいかない。おまえの中で力を活かし続けることができるよう、まずは本来のおまえを取り戻してほしい」  自分はまもなく高天原により、追われるだろう。  だけど、存在し続けなくてはならないのだ――と、蛇は言うのである。  イワナガは少し身をのけぞらせた。今にも蛇の舌が鼻に触りそうだったからだ。  「力を貸してやろう。おまえが望むときに、わたしの肉をくれてやる」  「……」  「おまえと一緒にクマソに入り込んだものが、かがみの在処を知っている。導かれて行くがいい」  ぐっと蛇の顔が突き出してきて、イワナガはのけぞり損ねて尻もちをついた。  蛇はぬるぬるとイワナガの肩に巻き付き、逃れる隙を与えずに、首筋に牙を当てたのだった。  「覚えておくが良い、おまえは高天原より遙かに上空から力を得ているのだ」  ひっと小さく声を立てた時には、既に白い蛇は姿を消していた。  イワナガは布団の上に尻もちをつき、汗だくになり、息を切らしながら上を見上げていたのである。     
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