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「イワナガ姫は、オオヤマツミの二人の姫の上の姫でして」
言葉が途切れ、ごくんと唾を飲み下した。
フツは必死である。無論、イワナガの行方など知る由もないのだが、何でもよい、イワナガについて知っていることを喋れば、クマソタケルの機嫌が取れるに違いないと思った。
「下の姫はサクヤ姫といい、それは清らかで美しく、見る人すべてを魅了される方なのです」
サクヤ姫が笑顔になると花はぱっと開き、あたりには良い香りが漂う。周囲を幸せにするために生まれてきたような、誰からも愛されるような、そんな素晴らしい姫なのです。
……。
フツが引っ張られて来たところは、クマソタケルの宮の庭である。タケルは縁に腰掛けて、土の上にひざまずいているフツを見下ろしていた。
彫の深い顔だちは、ヤマトの人間の造りとは違う。
オオヤマツミでは見られない容姿である。赤い髪といい、まるで異なっている。
だが、鍛え抜かれた体つきは簡素な衣の上からでも明らかだった。
今タケルは、あの奇怪なイノシシの毛皮を脱ぎ、普段の衣を纏っている。ごく単純なつくりの衣は、荒くおられた布を縫い合わせ、帯で結んだだけのものである。
眩しい陽光は肌を焼くようであり、庭の樹木は日を受けてつやつやと輝いていた。
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