その三 花舞

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 こうん、こうん。  悼みの鐘が陰気に鳴り響く。夕日は大きく歪みながら海に落ち、辺りは容赦なく暗くなる。  もうじき夜。おおおん、おおおーん、近い場所で獣が飢えた咆哮を放つ。  かあさんかあさんと泣きじゃくる子は、その声を聞き、薄暗くなってくる辺りにも怯え、更に声を立てて泣くのだった。  救いは来ない。  (わかりましたか、これが今の葦原中国)  優しい穏やかな母の声が耳元で囁く。子守歌のようだ。イワナガは心地よく目を閉じている。  (この黄泉の国にも、何千と魂が落ちてくる)  悲しい記憶を持った魂が幾千と。  命の溶岩に溶かされ混じり合い、やがて再び地上へ帰る時が来るけれど、その無残な記憶は消えることはない。  繰り返される。  無造作な命の駆け引きが。  灼熱の眠りの中で、イワナガはその無残な景色を眺めていた。  葦原中国全体が、真っ赤に染まっていた。  このままではいけない。このままでは。  そして、一条の光が天から差し、やがてそれは虹色の彩雲となった。  (天孫、ニニギ。葦原中国を統治し、この争いを治めるために遣わされたひと……)  イワナガは感情を込めず、ただ淡々と眺めつづけていた。     
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