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綺麗だった。
とても、とても綺麗だった。
綺麗なんて一言じゃ言い表せないのに、どんな言葉を付け足しても無駄に思えてしまうような。
まん丸い大きな月が、優しくて暖かい光が、暗い夜の中で一際存在感を放っていた。四角い窓枠さえも飛び越えて私を包み込んでくれるような圧倒的な光に、身動きすら取れそうもなかった。
自分のことでもないのに得意気に笑っていた看護師はナースコールに呼び出されたようで、すぐ戻ります、とだけ言って慌てて病室を出ていった。私は1人、月の光を眺め続けた。
その光は、何だか彼と重なった。
どこに行っても何をしても、振り向けばそこにあった彼の穏やかな微笑みは、今まさに私を満たしてくれている光のようだった。
私はその時ふと、このまま死ぬのも悪くないと思ってしまった。
もちろん、できることならまだ死にたくなんてない。生きられるところまで生きてやりたいと思う。それでも、ここが私の終わりだと言うのならば、それを自然と、あたりまえのように受け入れられる気がする。胸の内にこの光があれば、どうとでもできる。そんな予感がしたのだ。それは、初めての感覚だった。
そうだ。たとえ死んだって、どうとでもできる。そう考えたら、やりたいことは次々と浮かんだ。まずは私の寿命を決めた輩にとことん文句を言ってやりたい。それから、父親と弟に元気にしてたかーって挨拶をしに行きたい。そしたら、もう一度彼に会いに行きたい。生まれ変わりでも何でもいい。また彼と同じ時を過ごしたい。そのために今死んだっていいと思うほどなのだ。
目を瞑ることくらい、最早こわくもなかった。
やがて、看護師が小言を言いながら戻ってきた。再び手伝ってもらいながらベッドの上に横たわる。
今日は久しぶりにいい夢が見られそうだ。
彼に会うために、私は目を瞑ろう。
「おやすみ」
心の中に輝くまん丸い光に向かって、私は静かに笑いかけた。
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