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裏口から屋敷の庭に向かうと顔をしかめたマサキが腕組みをして仁王立ちになっている。ちらっとミズキに一瞥をくれると「なんだ」と不機嫌に問うので「はい、だんな様、クチナシ姫様に呼ばれまして……」と頭を下げて告げた。クチナシの名前を出したことがまたマサキの機嫌を悪くしたらしく、ますます眉間にしわを寄せ「待っておれ」と言い、「お前が呼んだものが来ておるぞ」と翠簾に向かって声を掛ける。機嫌が悪くても温厚なマサキは使用人に当たり散らすことはないため屋敷中の者から慕われていた。すぐにカサカサと翠簾が巻き上げられ、クチナシが顔をのぞかせる。
「まあ、待ってたわ、これっ、こっちへ」
「は、はあ」
頭を下げたまま廊下で座り込むクチナシの前に行くと、待ってましたとばかりに侍女が湯の入った小さな桶から手拭いを取り出しミズキの顔の汚れをぬぐう。
「あ、な、なにを」
抵抗を見せるミズキに老女の力は強く肩を抑えられ、顔をゴシゴシ擦られた。
「何をしているのだ」
唖然とするマサキにクチナシは「いいからからいいから。そのままそこにいらして」と含み笑いをして終わるのを待っている。
「終わりました。姫様」
侍女は汚れた手拭いを桶に入れすっと立ち去った。
顔を擦られ赤く熱を帯びた頬を撫でているミズキの両肩を持ち、くるりとクチナシはマサキの方へ向かせた。
「ほら、お父様」
「ややっ、なんとっ」
「ねっ」
「うーむ」
マサキはクチナシとミズキの顔を交互に見比べる。もうひと唸りして「そっくりじゃな」と呟いた。
ミズキは顔の事で様々な追及と追放を同時に懸念し、身を小さくし頭を深く下げた。
「この娘に代わりに行ってもらえばいいと思うのよ。この者はもう身内がいないんですって」
「馬鹿を申すな。どうしてお前の代わりなどが務まるのだ。何を考えておるのだ!」
驚愕から困惑、激怒へとマサキは様々に表情を変える。
ミズキには何を話し合っているのかはわからないが、自分には関係のないことのようでほっとしていた。
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