工場勤務

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工場勤務

 俺の人生も、もう終いらしい。  ギアがひしめく轟音と共に、この世から去ろうとしている。  奇妙にも落ち着いていて、悲鳴すら出ない。  この俺は、今週の月曜日からここワイストンヴィルにある自動車部品工場に勤めだした。ミシガン州はデトロイトの外れにある小さな街なので、聞いたことはないだろうな。ははっ。  そして金曜日には、この工場とも人生とも別れを告げる羽目になった。  俺達は勤務初日に、工場長による現場説明を受けていた。どこそこの大手自動車会社の、下請けの部品工場であるとか何とか、うんざりするほど聞かされた。そんなのは知っている、知っているからこそ面接を受け、この会社に入ったのだ。  これまでに仕事で失敗し、三度も転職をしている。ようやく掴んだ職場なのだ。誠心誠意、働くさ。この会社のことを知らないなんてことは、決してない。この会社の一員になれたことに、誇りを感じていたよ。  明日には、隣州より妻が幼い一人息子を連れてやってくる。就職祝いに、ちょっとしたパーティを開いてくれるのだとスマートフォンにメッセージを送ってきていた。  それも、もう叶わない。  明日は、俺の葬式だ。  初日の工場長の言葉が、不意に思い返される。俺は自慢の長い髪を束ね、作業服の襟に押し込んで説明を聞いているというのに、ネクタイすらしない「奴」に言い知れない俺の正義感の様な何かが、烈しく疼いた。  いや、俺ら工場作業員はネクタイは締めないのは分かっているんだが、上の人間って偉そうに締めているものだろう。それからというものは、束ねた髪をヘルメットから背中に垂らして仕事をしていた。していたら、この有様だ。  ようやく気が付いた。確か、奴は「ヘルメットは衝撃から守るだけのものではない」と、そう言っていた。  だから奴もネクタイをしていなかったんだ、と気付いた。  グワン、グワン、グワン  非情な鋼鉄の歯車は、徐々に俺を髪の毛から飲み込んでいく。
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