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桜は充分に検討を重ねた言葉を、彼の耳にささやく。
「智司さんとお付き合いさせていただきますって、ご報告をしたくて」
「その必要はないよ。僕らもう、成人しているだろ? それに……いつまでも心配していたら、成仏できないよ」
智司は直美に渡された線香を台の上に置く。
「今の僕には、君の方が大事だからね」
智司は大らかな声で告げると、手を合わせて目を閉じた。
桜は彼の横顔に見惚れてしまった。
あわてて目をそらし、前を向く。
知代が涙で頬を濡らしていた。
言葉もなく、煙のように消えつつあった。
愛する息子の成長を確かめ、彼女はこの世を去っていく。
気がつけば、直美が目を赤くしていた。
智司が驚きの声をあげる。
「母さん、どうして泣いているの」
直美はただ首をふる。
「お線香の煙が、目にしみたのよ。きっと」
答えた桜の頬を、さっと涙が流れた。
(了)
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