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瞬きを忘れ、開け放しのドアを眺めていると、智司が戻って来た。
桜は、妹さん? と問いかける。
「うちは両親と俺の3人家族だけど」
首を傾げていた彼は、ふいに人差し指を立てた。
「それは知代だな。俺らと同じ歳だよ。幼なじみ。ふらっと来ては、おやつ食べてくんだ。母さんがいつもぼやいてる」
桜の目が細められ、唇がきつく結ばれた。
智司の部屋で、少女が紅茶を口に運ぶイメージが浮かんだのだ。
「知代を呼んでくる。君を紹介するよ」
返事も待たずに廊下に出たが、彼はすぐに戻って来た。
照れくさそうに頭をかきながら桜の向かいに腰を下ろして、冷めた紅茶を口に運んだ。
幼なじみを呼びに行ったことを、なぜか忘れてしまったらしい。
「母さんに叱られたよ。ガールフレンドを家に呼ぶときは、前もって言いなさいって」
智司は耳まで赤くなった。
桜は両ひじを抱いて、ソファに深く腰掛ける。
先ほどまで紅潮していた頬は、血の気が失せていた。
ピンクのルージュをひいた唇が開きかけたが、言葉は出てこない。
智司は映画の感想に話題を移したが、会話は弾まなかった。
気まずい沈黙が続くうちに、直美が帰って来た。
桜は彼の家を出た。
「駅まで送っていくよ」
陽はまだ高い。
「ひとりで帰れるから」
空は五月晴れだが、坂道を下る桜の胸には、沸き立つ黒雲が浮かんでいた。
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