3人が本棚に入れています
本棚に追加
見るはずだった映画が始まる時刻、桜は古い蔵を改装したカフェで抹茶フラッペをつついていた。
向かいの席には智司の母、直美がいる。
「知代さんは智司を産んだ、実の母親。20年前、事故でお亡くなりになったの」
「美園知代が智司のお母さんだ、と言うのですか」
ふだんの桜なら、「冗談ですよね」と、声を上げて笑うところだった。
だが桜は知代を追っているうちに、ありえないものを見ていた。
「あるはずのものが、見えなかったんです」
7月の太陽がまばゆい光を投げかけているのに、知代には影がなかった。
「幽霊、ということですよね」
桜が尾行していくと、知代は坂を下りてくる日傘の女性に会釈した。
相手も頭を下げる。
短い言葉を交わして、ふたりは別れた。
桜は立ち止まって、知代の知人が通り過ぎるのを待つ。
ところが日傘の女性は彼女の前で足を止めると、声を上げた。
「桜さん? 智司は一緒ではないの」
日傘の女性は、直美だった。
桜は返事に困った。
正直に、「あの優柔不断男は捨ててきました」とは答えられない。
智司の母親は、不思議なことを聞いてきた。
「もしかして、知代さんが見えるの? デートの邪魔でもされたのかしら」
当たりだ。
体が震え出し、夏なのに歯が鳴った。
そのあと直美に、「今、ちょっといいかしら」と、ここへ連れて来られたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!