ひとすじの煙 (Smoke, Get in her eyes !)

9/11
前へ
/11ページ
次へ
桜の口から、思わず声が出た。 「はあ?」 「陰口よ。あなた達を別れさせるつもり」 直美が溜息をつく。 「考えてみれば、それが『呪い』や『祟り』と言えるかもしれない」 水出しの玉露で喉を湿らせた。 「どうしてそんなことをするのでしょう」 「知代さんの悪いくせ。智司のことが心配でたまらないのよ。自分の産んだ子供だもの」 言葉を切ると、直美は手元の茶碗をのぞき込んだ。 「お腹を痛めたことのない私には分からないけれど」 直美は、「とけちゃうわよ」と、桜のグラスを指さした。 ストローを吸うと、抹茶フラッペがのどを通る。 アイスクリーム頭痛がきんと響いて、涙が出そうになった。 「ライバル出現かと思えば、亡くなられた実の母親だったなんて。勝てっこありません」 「そうかしら。危機感を覚えたから、桜さんの前に姿を見せたのではなくて」 息子の交際に母親が口を出すこと自体が、おかしい気がする。 この世にいない人に交際を邪魔されるなんて、理不尽な話だ。 「知代さんは、きっと子離れができないタイプね」 直美の分析を聞きながら、桜は必死に考えた。 頭痛が去ると、ひらめきが浮かんだ。 「ご相談があります。聞いていただけますか」 桜は身を乗り出した。 店の入口ちかくに置かれた豚の蚊遣(かや)りから、ひとすじ煙が立ち昇っていた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加