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「群司様、私が人柱になります。させてください!」
堤の完成が間近に迫り、視察に来ていた群司の前に、私は頭を地面に擦り付け、願い出ていた。今思うと、いっときの気の迷いとはいえ、何故あんな事をしたのだろうと思う。
「そなた、名をなんと申す」
「壱代です。選ばれた、雪菜さんの友人です」
「怖くは無いのか?友人のために身代わりになるのか?」
「わかりません……でも、そうしなければいけないと、そう思ったのです。私の大切な人達のために。いえ、私がそうしたいんです」
私の顔はいったいどんなだったのだろう。ただ群司様が私を見る目は、とても悲しげで、いたわるようなものであり、震える私の体をそっと抱きとめてくれたのを、いまでも思い出すことが出来る。
「壱代ちゃん。どうして、なんで……」
そう呼びかけた娘の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。この娘も葛藤の中で苦しんだんだと、一目でわかった。
「私があんな事を言ったから。私は罰を受けたんだと思った。なのになんでーー」
言葉を失い、崩れ落ちるように、私に抱きついていた。私はそっとその頭を撫でようとしたが、震えてうまく動かせなかった。
「怖いよね壱代ちゃん。壱代ちゃんのほうがずっと辛いのに、私駄目だね」
そう言って見せた笑顔が、私の知る一番の雪菜の笑顔だった。伝えたいことがいっぱいあったはずなのに、何もいえず、ほおを冷たいものが伝う感じだけを、ただ感じていた。
「壱代ちゃん。ごめんね、そして本当にありがとう」
そう言って走っていった、雪菜の姿がとても苦しそうに見えたのは、気のせいでは無かったと今はとてもよくわかった。
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