後熱

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早朝、まだ遊里は寝ている時間。 2人は見世を抜け出した。 追っ手はすぐについた。 何処までも逃げるには足元の泥濘が邪魔をする。 そんなことは2人には分かっていた。 もう昼間からの雨で氾濫しそうな濁流の河。 その河にかかる橋で立ち止まる。 早く早くと気持ちは急ぐ。 桜は着物を崩して白い腰紐を取り出した。 「貴方に、教えて貰ったから、」 (「このあやとりの紐、結び目が可愛いですね」) (「蝶々結びですよ、ご存知ないですか?」 「見たことはあるけど名前も結び方も知りませんでした」) (「じゃあ教えます!椿ちゃんも一緒に教えてあげるよ!」) (「蝶々ー?」) 桜は清文との身体を固結びでは蝶々結びにした。 離れないように両手を固く繋いで、2人は濁流の中に身を投げた。 消えゆく2人はいつまでも見つめ合い、微笑んでいた。 来世なんて来なくて良いよ、このまま、この今を全てにして、結ばれたのではなく結んだこの運命を抱いて。 ずっと「あなただけ」と、「2人だけ」と約束して。 春。 「椿、紋黄蝶出てるよ!」 「紋黄蝶……」 椿はあれ以来、初めて泣いてしまった。 「桜姉さんと清文さんは、元気かなぁ」 (「椿は明るくて可愛くて柔らかくて、紋黄蝶みたいだね」) (「紋黄蝶?」) (「そうよ、今は秋だから居ないけど、春になるとたくさん飛んでるのよ」) (「椿それに似てるの?」) (「ええ、とても似てる」) 椿は涙が止まらなかった。
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