背中を押してくれる野暮な雨上がり

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でも。 でも、会って、あの微笑みを見て、優しい声で名前を呼ばれて、それであの柔らかい指先が触れてくるのだと思うと。 「ダメなんだよ」 「だから何がだよ!」 「彼女を抱いてしまうと、連れ去ってしまいたくなるんだ……彼女には病の芙蓉さんと可愛い椿がいる……」 「研二、」 「なのにどうしようもなく、彼女だけを救いたくなるんだ……」 「ごめん」 何度か桜さんから手紙が届いてはいた。 暇があればまた遊びに来て椿とあやとりをしてやってくれというものだった。 でもどうしても行けなかったのだ。 会いたい。とても会いたい。 でも会ってはいけないとも思って会えなかった。 罪悪感が無いなんてことは言えない。 俺が行かない夜は誰かに抱かれているのだということも、分かっている。 苦しくて仕方がない分、この好意は本物なのだとも思う。 本当は会いたい。 会って連れ去ってしまいたい。 でも出来ない。 その葛藤がずっとずっと繰り広げられては、会いたいという気持ちを押さえ込んでいた。 ある日また手紙が届いた。 急に降ってすぐに上がった夕立で、その文は端が濡れていた。 芙蓉さんが亡くなった。 その旨だけが書いてあった。
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