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10日ばかりも経てば、桜さんは前と同じ程笑うようになった。
でもそれは無理に笑っているのだと鈍感な俺でも分かる。
時々悲しそうな顔で一点を見つめて止まっている彼女を見ると、俺では、俺なんかではその闇を拭う一筋の光にはなれないのだろうかと、想ってしまう。
彼女の世界では芙蓉さんの存在は良くも悪くも絶対だっただろう。あれだけ存在感があった人だ。
しかも遊女の姉妹の関係は、俺なんかには分からない絆がきっとあるんだろう。
そう思わせてくる芙蓉さんと桜さんだった。
その芙蓉さんが亡くなった。
彼女は「絶対」を失ったのだ。
そんな10日ばかりで元気になれるはずがない。
元気になるということすら考えられないはずだ。
なのに。
なのに彼女は俺にちゃんと笑いかけてくれる。
気丈だ。いや、そんな言葉でも表せられない。
そして俺はその笑顔に安堵してしまう。
安心させたいのはこちら。
大丈夫だよと抱きしめたいのはこちら。
なのに彼女はそれを必要としていないかのような振る舞いをしている。
そんな振る舞いで、きっと毎夜毎夜、慰めてくる男を跳ね除けつつ抱かれて寝ているのだろう。
彼女は。
彼女の本心は。
俺はそれが知りたくてたまらない。
「桜さん」
「はい」
「俺は桜さんの笑顔が見たいと思っているのに、気付いたら貴女に笑顔にさせられています」
「いきなりどうしたんですか」
「いいから最後まで聞いてください、桜さん、俺は」
「やめてください」
「……」
「惚れた腫れたなんて、この世界にはないんですよ、清文さんはそれ、分かってくださってるのだとばかり」
「……すみません、忘れて下さい」
傍に居ることも出来ないのに。
俺は。
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