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「桜姉さん!清文さんと結婚して!」
清文さんが帰った後、いきなり椿にそう言われた時は思わず目を見開いて止まってしまった。
なぜ。どうして。
「椿、どうしたの、こっちにおいで」
「やだ!桜姉さんはなんで!清文さんと一緒にいたいのになんで言わないの!」
「椿、やめて」
「他のなんでもない人にはすぐ一緒に居てって言うのに!なんで!」
「やめてよ椿!!」
言わないで。言葉にしないで。口にしないで。
神様は意地悪だ。どんなに心の奥底に隠していても見つけ出して晒し者にして、そして私から大切な人を奪っていく。
きっと今度もまた奪われる。
だから決して外に出してはいけないのだ。
私だって。私だって本当は。
涙はいつも邪魔をする。
大事なものを隠そうとしているのにすべて溢れて流れて露見させてしまう。
こんなもの要らないのに。
私には、要らないのに。
だから余計に悲しくて寂しくなる。
「桜姉さん」
「大きな声なんか出しちゃってごめんね、椿」
清文さんは芙蓉姉さんの次に知った温かさだった。
もう失いたくない。
もうこれ以上失ってしまったら私は少しも動けなくなってしまう。
「桜姉さん、」
椿に袖を引かれる。
口を横に一文字に結んで泣きそうな顔で私を見つめる幼い瞳。
“逃げて”
そう言っている。
逃げるということがどういうことか、真実を知っているのかは知らない。
足抜けが、つまり死だとは彼女が分かっているかは知らない。
でも瞳は確実にそう言っている。
「椿、おいで」
優しく愛おしいこの子を抱きしめた。
椿もまた、二人に続いて知った温かさだ。
「椿は明るくて可愛くて柔らかくて、紋黄蝶みたいだね」
「紋黄蝶?」
「そうよ、今は秋だから居ないけど、春になるとたくさん飛んでるのよ」
「椿それに似てるの?」
「ええ、とても似てる」
気持ちを打ち明けようと決めた。
「椿、清文さんに文を持って行ってくれる?」
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