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「こういうスキンシップは苦手か?」
レイは満足げに目を細め、彼女の艷やかな黒髪を愛しげに撫でた。
いちかは「苦手っていうか、経験ないし……」と小さな声で答えた。
(思えば私って、親に抱っこされた記憶がないんだよね……。お母さんとは、すごく小さい時に手を繋いだ思い出はあるけど、でもお父さんには、抱っこどころか頭を撫でてもらったことも……)
その時、実家を出た日、アラン弁護士や茉莉花の前で、父親がわざとらしく自分の頭を撫でた瞬間の記憶が蘇り、いちかはいきなり鳥肌を立てた。
(嫌だ……、気持ち悪いこと、思い出しちゃった……)
「…………」
レイは無言でいたが、彼女の心の声は全て映像を伴って伝わって来ていた。
「いちか」
「ん……?」
「君が望めば、僕は、消したい記憶を全て消してやることが可能だ」
「え」
驚いて顔を上げたいちかの顔を、レイは真面目な顔つきで見返した。
「あまり大量の記憶は悪影響が出るため無理だが、もし君に忘れたい過去があるのなら、全て綺麗に消してやれる。……どうする?」
「……そんなことも出来るんだ」
いちかはそのまましばらく、レイと無言で見つめ合った。
けれどやがて、ゆるりと首を横に振った。
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