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「早く庄に帰らねば」
ぽつりと漏らす神久良は、隼勢の肩にかけていた指をはがしてゆく。手当をしてやった隼勢のことなど、もう目には入っておらぬ。
「なぜそんなにも急がれる?」
「微子に、蚕場の片付けを手伝ってくれと頼まれているから」
「はあ、蚕場ですか」
名を出すなり微子微子と、そればかりの神久良に、隼勢は少し呆れ、そして嫉妬した。
「とにかくまだ傷口が乾いていません。もう暫くじっとしていなさい」
「じっとなどしておれるか」
焚火の前に座った隼勢は、跛を引いてでも立ち上がろうとする主の手を、ぐいと掴んで引きずった。
体勢を崩してよろめいた神久良は、隼勢の膝の上に尻もちをつく。
とたん、太腿の傷が痛んだのか、ウッと呻き声を上げた。
「……何をする、離せ、」
「なんでじっとしていられないのです?」
隼勢は荷のなかから真綿でつくった防寒の掻巻を広げ、神久良を包み込んだ。それも微子の蚕からとれた綿なのだが、そんな無粋なことは黙っておく。
「……眠たくなってしまうからでしょう?」
否定はせず、神久良は隼勢の腕の中で、繭のように真綿に包まれる。
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